2011年

1月

27日

人生万事塞翁が馬

 

恥ずかしながら、この故事の意味を昨年まで知りませんでした。

 

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辺境の砦の近くに、占いの術に長けた者がいた。

ある時その人の馬が、どうしたことか北方の異民族の地へと逃げ出してしまった。

人々が慰めると、その人は「これがどうして福とならないと言えようか」と言った。

 

数ヶ月たった頃、その馬が異民族の地から駿馬を引き連れて帰って来た。

人々がお祝いを言うと、その人は「これがどうして禍(わざわい)をもたらさないと言えようか」と言った。

 

やがてその人の家には、良馬が増えた。

その人の子供は乗馬を好むようになったが、馬から落ちてももの骨を折ってしまった。

人々がお見舞いを述べると、その人は言った。

「これがどうして福をもたらさないと言えよう」

 

一年が過ぎる頃、砦に異民族が攻め寄せて来た。

成人している男子は弓を引いて戦い、砦のそばに住んでいた者は、十人のうち九人までが戦死してしまった。

その人の息子は足が不自由だったために戦争に駆り出されずにすみ、父とともに生きながらえる事ができた。

 

このように、福は禍となり、禍は福となるという変化は深淵で、見極める事はできないのである。

 

(Barcarolleさんの「故事成語で見る中国史」より引用させていただきました)

 

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人は何か困ったことが起きると、それを憂いたり頭を抱えてしまったりしますが

「人生万事塞翁が馬」の視点に立つと

何が良くて何が悪いのか、その時には何にもわからないということになります。

 

目の前にちょっとショックなことが起きても

「一体この後にどんなことが起こるのだろう?」と思うと

ちょっと楽しい気分さえするものです。

 

さて、私の周りでは一体何が起こっているのでしょうか。

今はただ、いつものスタンスのままで「それ」を待ちたいと思います。